膵臓がんの種類と生存率:9割を占める「膵管がん」と、スティーブ・ジョブズ氏の「膵神経内分泌腫瘍(PNET)」は何が違う?

「アップル創業者のスティーブ・ジョブズ氏は膵臓がんだったのに、なぜ診断から8年間も生きられたのか?」「知り合いが『膵臓の腫瘍だけど手術すれば9割治るタイプ』と言われたのはなぜ?」と疑問に思ったことはないでしょうか。
私たちが普段「膵臓がん」と呼んでいる病気の**約90%は、消化液(膵液)の通り道から発生する「浸潤性膵管がん(しんじゅんせいすいかんがん:PDAC)」です。しかし膵臓にはもう1つ、インスリンなどのホルモンを作って血液中に送り出す「内分泌細胞(ランゲルハンス島)」という別の組織があり、そこから発生する「膵神経内分泌腫瘍(すいしんけいないぶんぴつしゅよう:PNET / PanNET)」**などの特殊な腫瘍が存在します。
同じ「膵臓にできた腫瘍」でも、どの細胞から生まれたかによって、進行の速さ・5年生存率・使う薬・手術の意味がまったく別の病気のように異なります。
この記事では、
- 膵臓の「2つの工場(外分泌と内分泌)」からできる腫瘍の分類と割合
- 一般的な「膵管がん(PDAC)」と「膵神経内分泌腫瘍(PNET)」・若年女性に多い「SPN」の生存率と性質の比較
- ホルモン症状が出る「機能性PNET(インスリノーマ・ガストリノーマ等)」と「非機能性PNET」の違い
- なぜスティーブ・ジョブズ氏は8年間生存でき、なぜ「最初の手術を9か月間先送りしてフルーツダイエット(果実食)を行ったこと」が惜しまれているのか
- PNETの最新治療(分子標的薬と、注射で腫瘍を狙い撃ちする放射線治療 PRRT=ルタテラ)
を、日本神経内分泌腫瘍研究会(JNETS)・日本膵臓学会のガイドラインと論文をもとに整理します。この記事は病気の診断や治療の代わりにはなりません。診断名や治療方針については主治医に確認してください。
結論:一般的な「膵管がん(約90%)」とジョブズ氏の「PNET(約2〜5%)」は、発生する細胞も生存率も別の病気です
- 膵臓には「消化液を作る外分泌(体積の約95%)」と「ホルモンを作る内分泌(体積の約1〜2%)」の2つの働きがあります。 外分泌の膵管からできるのが一般的な「浸潤性膵管がん(約90%)」、内分泌のランゲルハンス島からできるのが「膵神経内分泌腫瘍(PNET:数%。米国がん協会の統計では膵臓のがんの2%未満)」です
- 5年生存率と進行スピードは大きく異なります。 膵臓がん全体の5年相対生存率は約13.2%(日本膵臓学会の登録では、腫瘍の大きさが10mm以下なら80.4%)と厳しいのに対し、高分化型のPNET(NET G1・G2)は進行が穏やかなことが多く、米国の統計では膵臓内にとどまる段階(限局)で5年相対生存率約91%、遠隔転移があると約19%、全病期では約48%です
- スティーブ・ジョブズ氏が2003年に診断されたのは、膵臓のがんの中では少数派の「PNET(膵神経内分泌腫瘍)」でした。 偶然のCT検査で見つかり、医師団は早期の手術を勧めましたが、ジョブズ氏は約9か月間、厳格な菜食や果物・ジュース中心の食事、鍼などの代替療法を優先して手術を先送りし、2004年7月に手術を受けました(その後肝転移し2011年に逝去)
- PNETの治療は近年大きく進歩しています。 手術やソマトスタチンアナログ、分子標的薬(エベロリムス・スニチニブ)、抗がん剤(ストレプトゾシン等)に加え、2021年にはソマトスタチン受容体を目印に内側から放射線を当てるペプチド受容体放射性核種療法(PRRT:ルテチウム-177ドタテート=ルタテラ)が日本で承認されました

膵臓にできる腫瘍の種類・割合・5年生存率の比較
甲状腺がんの記事で「乳頭がん(約9割・おとなしい)」と「未分化がん(約1〜2%・進行が極めて速い)」がまったく別の性質だったように、膵臓の腫瘍も病理組織型によってはっきり分かれます。

| 腫瘍の種類 | 発生する元の細胞(工場) | 膵腫瘍に占める割合 | 進行の速さ・5年生存率の目安 | 主な治療法 |
|---|---|---|---|---|
| 浸潤性膵管がん(PDAC) (一般的な「膵臓がん」) |
外分泌:膵液を運ぶ「膵管」の上皮細胞 | 約85〜90% | 進行が速く周囲の血管・神経へ浸潤しやすい。 膵臓がん全体の5年生存率:13.2%(日本膵臓学会の登録では、ステージ0は85.8%、腫瘍の大きさ10mm以下は80.4%) |
手術前後の抗がん剤(GS療法・S-1)+外科手術、FOLFIRINOX、ゲムシタビン+ナブパクリタキセル、NALIRIFOX、オラパリブ等 |
| 膵神経内分泌腫瘍(PNET / PanNET) | 内分泌:ホルモンを作る「ランゲルハンス島」の細胞 | 数%(米国では膵臓のがんの2%未満) | 高分化型(NET G1・G2)は進行が緩やかなことが多い。 米国の5年相対生存率:限局 約91%・領域 約64%・遠隔転移 約19%(全病期 約48%)。※低分化型のNECは進行が速い |
外科手術、ソマトスタチンアナログ(ランレオチド・オクトレオチド)、エベロリムス、スニチニブ、ストレプトゾシン、PRRT(ルタテラ) |
| 膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)・粘液性嚢胞腫瘍(MCN) | 外分泌:粘液を作る膵管の細胞(MCNは中年の女性・膵体尾部に多い) | 約3〜5%(良性〜前がん病変を含むと非常に多い) | 良性(腺腫)から非浸潤がん・浸潤がんまで段階がある。非浸潤のうちに切除すれば5年生存率85〜95%以上 | IPMNは2024年京都ガイドライン基準で経過観察または手術。MCNは原則として外科切除 |
| 腺房細胞がん (Acinar cell carcinoma) |
外分泌:消化酵素そのものを作る「腺房細胞」 | 約1%未満 | 膵管がんより予後がよいことが多いが、5年生存率の報告は施設・病期によって幅が大きい(全体でおおむね3〜4割台とする報告が多い)。BRCA2 等のDNA修復に関わる遺伝子の変化が比較的多い |
外科手術、プラチナ系やフルオロウラシル系を含む化学療法 |
| 充実性偽乳頭状腫瘍(SPN) | 起源未確定の低悪性度腫瘍(10〜30代の若い女性に好発) | 約1%未満 | 境界がはっきりした球状の腫瘍で、外科切除による5年生存率は95%以上 | 外科手術(機能温存手術も検討される) |
出典:日本膵臓学会 膵癌登録報告(Egawa 2004・2012)、国立がん研究センター がん情報サービス、日本神経内分泌腫瘍研究会(JNETS)『膵・消化管神経内分泌腫瘍(NEN)診療ガイドライン』、米国がん協会(American Cancer Society)「Survival Rates for Pancreatic Neuroendocrine Tumor」(2015〜2021年診断のSEERデータ)。割合や生存率は国・集計年・病期の定義で変わるため、目安として見てください。
「膵神経内分泌腫瘍(PNET)」の2つの顔:機能性と非機能性
PNET(現在はガイドライン上で総称として「膵NEN:神経内分泌腫瘍」とも呼ばれます)は、ホルモンを作って症状を出すかどうかで2つに分かれます。
1. 機能性PNET(報告によって全体の約1〜4割):ホルモン過剰症状で早く見つかりやすい
腫瘍細胞がホルモンを勝手にたくさん出し続けるため、腫瘍が1cm前後の小さな段階でも特徴的な症状が出て見つかります。
- インスリノーマ(もっとも頻度が高い): 血糖値を下げる「インスリン」を過剰に出すため、空腹時や運動時に冷や汗・動悸・手の震え・意識障害などの低血糖発作が起き、甘いものを食べると治まるのが特徴です(約90%は良性〜低悪性度で、手術で完治します)
- ガストリノーマ(ゾリンジャー・エリソン症候群): 胃酸を出させる「ガストリン」を過剰に出すため、薬を飲んでも治らない難治性の胃潰瘍・十二指腸潰瘍や激しい水様性の下痢を起こします(半数以上が悪性度を持ち、リンパ節や肝臓へ転移しやすいタイプです)
- グルカゴノーマ・VIPオーマ・ソマトスタチノーマ: 特徴的な皮膚の発疹(壊死性遊走性紅斑)や糖尿病、大量の水様性下痢などを起こします
2. 非機能性PNET(全体の約6〜9割):症状がなく検診のエコーやCTで見つかる
ホルモンによる症状を出さないタイプです。人間ドックの腹部エコーやCT・MRIで偶然見つかることが増えており、小さいうちに見つかれば手術で高い治癒率が期待できます。
また、PNETは顕微鏡で見た「細胞が増殖するスピード(Ki-67指数と核分裂像)」によって、おとなしい順に**NET G1(Ki-67が3%未満)・NET G2(3〜20%)・NET G3(20%超)という高分化型と、遺伝子変異の仕組みが異なり進行が速い神経内分泌がん(NEC)**に分類され、使う薬が選ばれます。
スティーブ・ジョブズ氏はなぜ8年間生存でき、なぜ「9か月の手術延期と果実食」が検証されているのか
アップルの共同創業者スティーブ・ジョブズ氏(1955–2011)の闘病経過は、公認伝記(ウォルター・アイザックソン著『スティーブ・ジョブズ』)などの報道で広く知られています。ただし、病理の詳しい結果やカルテは公開されていないため、以下は伝記・報道にもとづく経過です。
- 2003年10月、偶然のCTで「PNET」が見つかる: ジョブズ氏は尿路結石のフォローアップで受けた腹部CT検査で、たまたま膵臓に影が見つかりました。組織検査の結果は、一般的な膵管がんではなく、**膵臓の腫瘍の中では少数派で、進行が比較的ゆっくりなことが多い「膵神経内分泌腫瘍(PNET)」**でした。医師団はすぐに外科手術で切除することを強く勧めました
- 約9か月間の手術の先送りと「果実食・代替療法」: しかしジョブズ氏は体にメスを入れることを嫌がり、診断から約9か月間にわたって手術を先送りしました。その間、厳格なヴィーガン食や大量の果物・にんじんなどのジュースを中心にした食事(果実食=フルータリアンに近い食事)、鍼治療、ハーブ療法、腸内洗浄などの代替療法に頼ったと伝記に書かれています(果物の果糖の記事でも触れたとおり、俳優のアシュトン・カッチャー氏が映画の役作りでこの果実食を真似た際、膵臓の数値が悪化して入院したエピソードも知られています)
- 2004年7月に手術を受けるも、のちに肝転移: CTで腫瘍が大きくなり広がっている可能性が示されたため、診断から約9か月後の2004年7月31日にスタンフォード大学病院で膵頭十二指腸切除術(変法)を受けました。伝記によれば、このとき肝臓に小さな転移が見つかっていました。その後肝転移が進み、2009年の肝移植(亡くなった方からの提供臓器による脳死肝移植)や薬物治療を経て、診断から8年後の2011年10月に56歳で亡くなりました
標準治療を遅らせて代替療法を選んだ場合の生存率データ
イェール大学医学部のJohnsonらが米国国立がんデータベース(NCDB)を解析した2つの研究があります。対象は転移のない乳がん・前立腺がん・肺がん・大腸がんの患者で、膵臓の腫瘍は含まれていません。
- 標準治療(手術・放射線・抗がん剤・ホルモン療法)を受けずに代替医療だけを選んだ人は、標準治療を受けた人に比べて死亡リスクが約2.5倍(ハザード比2.50)でした(JNCI 2018, PMID: 28922780)
- 標準治療と併せて補完医療を使った人は、手術や抗がん剤などの一部を断る割合が高く、死亡リスクは約2.1倍(ハザード比2.08)でした。治療の拒否・遅れを考慮に入れると差は有意でなくなり、リスクの上昇は「標準治療を断ったこと」によると考えられています(JAMA Oncology 2018, PMID: 30027204)
ジョブズ氏の場合、手術を9か月早めていたら経過が変わったかどうかは、本人の病理情報が公開されていないため確かめようがありません。それでも、限局したPNETは切除できれば経過がよいことが多いため、診断後に標準治療を先送りすることの危うさを考える事例として、医療者の間でもたびたび取り上げられています。食事療法やサプリメントを試したいときも、標準治療をやめたり遅らせたりせず、主治医に相談したうえで併用を考えてください。
PNETの最新検査と「注射で届ける放射線治療(PRRT:ルタテラ)」
高分化型のPNETには、一般的な膵管がんとは違う大きな特徴があります。腫瘍細胞の表面に**「ソマトスタチン受容体(SSTR)」**というアンテナがたくさん出ていることです。この性質を利用した最新の検査と治療が日本で保険適用されています。
- ソマトスタチン受容体シンチグラフィ(オクトレオスキャン): ソマトスタチンに似た物質に微量の放射性同位元素をつけて注射し、全身のどこにPNETの病変があるかを光らせて見つける検査です
- 分子標的薬(エベロリムス=アフィニトール、スニチニブ=スーテント)とストレプトゾシン(ザノサー): 腫瘍細胞の増殖シグナル(mTOR経路や血管新生)を抑える飲み薬や、膵・消化管NET専用の点滴薬が保険承認されています
- ペプチド受容体放射性核種療法(PRRT:ルテチウム-177ドタテート=ルタテラ、2021年日本承認): ソマトスタチン受容体にくっつく物質に、周囲数ミリだけを照射する放射線(β線)を出す「ルテチウム-177(177Lu)」を結合させた点滴薬です。点滴すると薬が全身の受容体陽性の腫瘍細胞の表面にくっつき、腫瘍の内側から放射線を当てます。国際第III相試験では、小腸(中腸)のNETを対象としたNETTER-1試験(2017年)で病勢進行または死亡のリスクが約79%低下(ハザード比0.21)し、膵臓を含む消化管・膵のG2(Ki-67 10%以上)〜G3のNETを対象に初回治療として使った2024年のNETTER-2試験でも約72%低下(ハザード比0.276)しました。いずれも主な評価は「がんが進行せずにいる期間(無増悪生存期間)」で、NETTER-1の最終解析では全生存期間の延長は統計的に確かめられていません。受容体が陽性であることを検査で確かめたうえで、対象となる人に使われる治療です
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参考にした資料
- 日本神経内分泌腫瘍研究会(JNETS)編『膵・消化管神経内分泌腫瘍(NEN)診療ガイドライン 第2版』(金原出版)
- 日本膵臓学会『膵癌診療ガイドライン 2025年版』(金原出版、2025年)
- 国立がん研究センター 希少がんセンター「膵・消化管神経内分泌腫瘍」https://www.ncc.go.jp/jp/rcc/about/neuroendocrine_tumor_2/index.html
- American Cancer Society. Survival Rates for Pancreatic Neuroendocrine Tumor. https://www.cancer.org/cancer/types/pancreatic-neuroendocrine-tumor/detection-diagnosis-staging/survival-rates.html
- Egawa S, et al. Clinicopathological aspects of small pancreatic cancer. Pancreas. 2004;28(3):235-240. (PMID: 15084963) / Egawa S, et al. Japan Pancreatic Cancer Registry; 30th year anniversary. Pancreas. 2012;41(7):985-992. (PMID: 22750974)
- ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブズ』(講談社、2011年)
- Strosberg J, et al. Phase 3 Trial of 177Lu-Dotatate for Midgut Neuroendocrine Tumors (NETTER-1). N Engl J Med. 2017;376(2):125-135. (PMID: 28076709)
- Singh S, et al. [177Lu]Lu-DOTA-TATE plus long-acting octreotide versus high-dose long-acting octreotide for the treatment of newly diagnosed, advanced grade 2-3, well-differentiated, gastroenteropancreatic neuroendocrine tumours (NETTER-2): an open-label, randomised, phase 3 study. Lancet. 2024;403(10446):2807-2817. (PMID: 38851203)
- Johnson SB, et al. Use of Alternative Medicine for Cancer and Its Impact on Survival. J Natl Cancer Inst. 2018;110(1):121-124. (PMID: 28922780)
- Johnson SB, et al. Complementary Medicine, Refusal of Conventional Cancer Therapy, and Survival Among Patients With Curable Cancers. JAMA Oncol. 2018;4(10):1375-1381. (PMID: 30027204)
よくある質問
- 膵臓がんの種類と生存率:9割を占める「膵管がん」と、スティーブ・ジョブズ氏の「膵神経内分泌腫瘍(PNET)」は何が違う?
- 膵臓がんの約90%を占める浸潤性膵管がんは5年生存率13.2%、ジョブズ氏の膵神経内分泌腫瘍(PNET)は膵臓内にとどまる段階なら約9割と、別の病気です。手術を遅らせた経過とPRRT(ルタテラ)も解説。
- 膵臓にできる腫瘍の種類・割合・5年生存率の比較についてはどうなっていますか?
- 甲状腺がんの記事で「乳頭がん(約9割・おとなしい)」と「未分化がん(約1〜2%・進行が極めて速い)」がまったく別の性質だったように、膵臓の腫瘍も病理組織型によってはっきり分かれます。
- 「膵神経内分泌腫瘍(PNET)」の2つの顔:機能性と非機能性についてはどうなっていますか?
- PNET(現在はガイドライン上で総称として「膵NEN:神経内分泌腫瘍」とも呼ばれます)は、ホルモンを作って症状を出すかどうかで2つに分かれます。
- スティーブ・ジョブズ氏はなぜ8年間生存でき、なぜ「9か月の手術延期と果実食」が検証されているのかについてはどうなっていますか?
- アップルの共同創業者スティーブ・ジョブズ氏(1955–2011)の闘病経過は、公認伝記(ウォルター・アイザックソン著『スティーブ・ジョブズ』)などの報道で広く知られています。ただし、病理の詳しい結果やカルテは公開されていないため、以下は伝記・報道にもとづく経過です。
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